江戸時代中期に沈香屋として創業、明治初期に現在の奥野晴明堂の名前になったという線香製造の老舗。
お参り用の線香から、リラックス用のお香、パッケージにこだわったものやハーブを使用したものなど、商品の数はなんと300種類から500種類ほど。江戸時代から伝わる調合帳をもとに、それぞれの時代に合った香りを研究し、日々商品を開発しているため、膨大な商品数を扱っているのだという。
奥野晴明堂の歴史を伺おうと9代目の奥野浩史さんに話を聞くと、自社のことだけでなく、堺線香全体の歴史やその広がり方について詳細に教えてくれた。貿易で中国や東南アジアから原料が入ってきたことで、発展した堺線香。戦前は60軒以上あったが、空襲によって戦後に数が減ってしまったことや、大手の線香メーカーがどのようにしてシェアを増やしていったのか…。
これほど丁寧に教えてくれた理由は、奥野さん自身が「堺線香のブランドを残していかないといけない」という強い考えを持っているからだった。
「堺は本来、外から入ってきたものを加工して広めるというのが得意。地域密着をしながら全国的に展開する、それの繰り返し」と語り、業界の中だけでなく、街の活動にもどんどん参入しているのだという。
堺の高校生や大学生と開発を共にしたり、子どもたちにむけたイベントのサポートをしたりするなど、積極的に行動をおこしている。
「我々は小さい組合やけど、堺線香を広めるためにやり続けましょうって。無理なことはできへんけど、ちょっと頑張りましょうって」
講演などで話すこともあるそうで、堺の文化や歴史を発信するための活動に熱心に取り組んでいる。
自社工場を訪問させてもらい、線香作りの様子も見せていただいた。
線香作りの工程は「調合」「こねる」「押し出す」「乾かす」「束ねる」という5つの工程だと奥野さんは説明してくれた。
香料の香りに包まれながら、線香が次々形作られて人の手で束ねられていく様子を間近で見せていただいた。
大きくシェアを広げようということよりも、堺の線香を次世代につないでいきたいという思いを語ってくれた9代目。
「最後まで生き残って、それを伝えることが大事。やり続けたもんが勝つよ」と力強く話してくれた。
伝統の堺の線香、ぜひ一度手にとってみてほしい。